あしたのうた



「先手打たれた……っ」


一つ先の行動を読むことくらいは容易いものである。


紬に手を差し出せば、一瞬だけ躊躇った彼女の手が俺の手を掴む。ぐいっと引っ張り上げて紬を立たせ、何やらにやにやしている疾風を無視して文芸部の文化祭ブースへと向かった。


からからと音を立てて扉を開けると、受付番をやっていた部長が顔を上げてこちらに視線を送ってくる。俺の連れてきた紬に目を留めると、少しだけ意外そうな顔をしてみせた。けれどそれも一瞬のことで、ごゆっくり、と声をかけてくれる。


黒板の前、段になっているところに腰を下ろすと、きょろきょろと中を見回しながら着いてきた紬の手を引いた。隣を叩くと、ワンピースの裾を捌いて同じように座る。何も言わなくても紬と反対側の隣に座ってきた疾風にまた溜め息を吐いて、俺は漸く一息ついた。


「紬、本当ごめんね」

「……ううん、大丈夫なんだけど、流石に可哀想じゃないかな」

「ってほら! この子もそー言ってくれてるし!」

「……はぁ。ごめん紬、自己紹介してあげて」

「うん。えっと、村崎紬、です」


名前だけ口にして、はたと黙り込んだ紬にそれもそうだと苦笑する。他に言うべき自己紹介なんてない。まして、俺ですら名前と学年、趣味が同じことと姉がいることしか知らないのだから。


「んで、渉の彼女?」

「そんなわけないでしょ、さっき知り合ったばかりなんだから」

「そのさっきでどうして密室に二人きりなんだよ。ご丁寧に鍵まで閉めて」


それもその通りなのだが。


「鍵はほら、先生にばれたら面倒だったから。深い意味はないよ」

「ほんとかー?」

「何でそんな疑り深いの。紬が困っちゃうでしょう」

「それだよ」


え、と首を傾げると、これだから渉は、と訳の分からない呆れ方をされる。紬を見ると困ったように笑っていて、疾風が言っていることを分かっている笑い方だと気付いた。


はーっとわざとらしく溜め息を吐いた疾風が、いいか、と俺にずいっと顔を寄せてくる。反射的に身を引くとがしっと肩を掴んできた疾風に、顔を顰めた。


「何で呼び捨てなんだよしかも下の名前!」

「……嗚呼、それ」

「それ、じゃねーから! あの! 人と話さないことに定評のあるお前が! まさか女子と下の名前呼び捨て合い!」

「疾風、うるさい」

「束野くん、ちょっと静かにねー」


俺と重なった部長の声に、はっとした疾風が口を手で押さえる。離された肩にもう少し疾風と物理的距離を取ると、俺はどう答えるべきか悩み口を噤んだ。


呼び捨てタメ口は、俺からではなく紬からの提案だ。俺は断る理由もさしてなかったし、同い年で尚且つここまで話の合う紬ならと思っただけであって。