それはきっと本能的なところで。変わらぬ日常が、何もない平和な日々が続くことが、何事にも代え難いものだと、俺は、本能で感じている。
何故なのかは分からないが。何となく、そういうものなのだと。
そう思っていたこと自体が、どうしてなのだろうか。
「渉?」
「……嗚呼うん、ごめん。何でもない」
「そーう?」
「うん。紬はいつ帰るの? 帰る前にうちのクラス寄らない?」
「えっとね……友達から連絡きたらかな。三時に終わるんだっけ? だったら二時半くらいだと思う」
じゃあ二時過ぎかな、と返事をしながら、時計を見る。十二時前を示す時計が、時間まではまだ少し余裕があることを訴えていた。
あからさま、とまではいかないまでも、少し強引に変えた話題。何故か口にするのが憚られて、というよりも自分の中で上手く消化しきれていないものを言葉にすることもできず。先程から、紬と話をしていると自分でもよくわからない感覚に陥ることがあるのを、気にしないようにしていた。
「そういえば、渉、小説かなんか書くの?」
「え? ……嗚呼、文芸部だから?」
「うん。ってことは、違うの?」
「うちの文芸部、緩いんだよ。だから出したい人が出してるだけ、みたいな感じ。俺は小説書かないから、出してもないよ。ここって人少ないから、居心地が良くて入ったようなものだし」
恐らくこの学校で部活と認定されている部活の中で、一番緩い部活だろう。兼部している人が多く、そのため部室に人がいることはあまりない。俺と、他に二人いればいい方なレベルで、それで各々好きなことをしているのだから端から見たら謎な部活だと、俺ですら思う。大会にも出ていないし、年四回の部誌くらいなもので、この文化祭しか活動していないと思われても仕方ないくらいには緩い。
別に、部活に入りたかったわけではないのだが。帰宅部でいいや、と思っていたところを、お節介に捕まって半強制的に入部させられた。当の本人は文芸部とは露ほども関係のないテニス部なのだが、中学からよく絡んでくるお節介は何かと世話を焼いてくる。
ちなみに入部した理由は、そのお節介の世話焼きから逃れるため、というものも含まれている。
「書くより、ひたすら読んでるかな。どちらかというと」
「詠んでる?」
「和歌詠んでるわけじゃないからね? read、読書」
「なぁんだ」
つまんない、とでも言いたげな紬に流石に無理かな、と返す。
本当は詠んでいる。でもそれを、どうしてか紬に言う気にはなれなかった。
和歌を知っているからだろうか。比べられるのが嫌だからだろうか。誰と、何を。────万葉に生きた人々と、和歌を比べられるのが。


