あしたのうた



その様子に、それ以上踏み込むことはできないと悟って何も言わずに抱き着く。驚きつつも楽しそうに笑ったお姉ちゃんにごまかされたふりをしながら、私はそのお腹に頭をぐりぐりと押し付けた。


そうか、お姉ちゃんはもう徹さんと────中大兄皇子と、出逢っていたのか。


それだけではないことは、様子を見ていれば想像に容易い。妹尾、という名字はそうそういるものではないし、渉と徹さんは似ている。けれど徹さんと会って私の名前を名乗った時、あの人は特に何も言ってこなかった。ということは、徹さんは姉のことを知らないのだろうか。


鏡王女が、中大兄皇子を好きだったのかどうか、私は知らない。


ただ、中臣鎌足に嫁いだ姉が、幸せそうだったことは憶えている。この時代でもそういった存在が現れるのかどうかはわからないけれど、幸せにすると決めたのだ。少なくとも、お姉ちゃんを幸せにするのは、徹さんではない。


だってあの人には彼女がいる。それは渉も知っていることだから、嘘ではないことは明白。もし、姉が彼の兄を好いているとしたら、その時は。


その時は────一体、どうすればいいのだろう。


「お姉ちゃん、」

「んー? どうしたの、紬」

「私、お姉ちゃんに幸せになって欲しいんだよ」

「私も、紬には幸せになって欲しいよ」


違う、違うんだよ、そうだけど、違うんだ。


『過去』のことは言えないから、この言葉が正確に通じるわけがないことは分かっている。それでも、分かってほしいと願ってしまう私は、もうどうしようもないのかもしれない。やっぱり苦しい気持ちを押し殺しながら唸っていると、ぽんぽん、と撫でられた頭に黙り込む。


言葉を伝えることが難しいことは、ちゃんと知っているのに。否、知っているからこそ、もどかしいと思う気持ちは消えない。


────渉。渉なら、どうするだろう、どうしただろう。


渉は、全然頼ってくれないなんて言うけれど、そんなことはない。私は、色んなところで渉のことを頼っている。


「つむぎー?」


中々動かない私に痺れを切らしたのか、お姉ちゃんが名前を呼んできた。そろそろと首を上げて視線を巡らせ、姉を視界に写す。うん、と首を傾げた姉はもういつも通りで、踏み込むタイミングを逃した私はそっと身体を離した。


「もういいの?」


笑いを含んだ声で言うお姉ちゃんに、ふいっとそっぽを向きながらいいよと答える。今更ながらに恥ずかしくなって、大分溶けた保冷剤で視界を覆うとソファにだらんともたれかかった。


恥ずかしいけれど、たまには。あの時代で一緒にいられなかった分まで。この時代で甘えたとしても、バチは当たらないだろう。


「……お姉ちゃん」