あしたのうた



「……紬?」

「お、ねえちゃん」

「どうしたの? 気分悪い?」


段々と思い出す。記憶を思い出している時は、どうしたって混乱する。それは何度経験しても変わらない。特に、その生まれ変わりが傍にいると、否応なしに重ねてしまう。


鏡王女。私の、額田王の、姉。一緒に育った時間はなくとも、一緒に過ごした時間がなかったわけでは、ない。


あ、と隣から声が漏れる。その表情に、渉も思い出したことを悟る。これ以上、お姉ちゃんの傍にいるのは、どうしても耐えられなかった。お姉ちゃんには記憶がないのに重ねて見てしまう自分が、嫌だと思った。


「……おねえ、ちゃん、ごめん、話、また今度にさせて」


お盆を片している余裕もなく、私は渉の手を引くと勢いよくお店を飛び出した。向かう先は決まっている。無言で着いてくる渉も、どこに行くのか分かっている。


今回の繰り返しは、いつもと違う。


いつもは、どちらかが記憶を持っていなくて、どちらかが記憶を持っている。記憶を持っている方は記憶を持たない方が思い出していくのをただ見守る。出逢いは十五まで、別れるのも差はあれど出逢ってからそんなに経たない頃。────そして、最初の時代を思い出すことは、決してなかった。


それが、一番の違いだ。兄弟姉妹で配役はそのまま生まれ変わっていることも。最初の時代を、思い出していることも。


一体、何年前の記憶を思い出しているというのだ。────どうして私は、お姉ちゃんのことを忘れていたのだろう。


最初の時代を思い出してから、何度も感じていたこと。どうして一番大切なはずの最初の時代を憶えていなかったのか、と。


今のように一緒に育つことはなくても、私と鏡王女の仲が悪かったと問われればそれは違うと言い切れる。寧ろ、友好的だったはずだ。確かに姉の元彼と結婚した、ということにはなるが、鏡王女は藤原鎌足を愛していたから。私も、大海人皇子を愛していたのだけれど。


彼女が詠んだ、うたがある。藤原鎌足に贈った、恋の歌がある。


────風をだに 恋ふるは羨し 風をだに 来むとし待たば 何か嘆かむ


────訪れたのが風にすぎなかったとしても、恋しがる相手がいるのは羨ましい。風だけでも、来ないかと待つ相手がいるなら、何を歎くことがありましょう


亡くなった夫に対して、詠んだもの。そのうたは、あまりにも私の、額田王の詠んだものと似ていて。それなのに、私は、どうして。どうして彼女の存在を忘れていたのだろう。


「……つむぎ」


宥めるように、渉が私の名前を呼ぶ。何度か深呼吸を繰り返して、気持ちを落ち着かせる。大丈夫、大丈夫。何も怖がることはないのだから。ただ、徹さんと同じ状況なだけだ。


昨日の渉の気持ちが、痛い程よく分かる。ゆっくりと戻ってくる記憶に、抗うことは叶わない。二人で並んで河原に寝転がると、暫くお互い何も言わずにただただ気持ちの整理をつけていく。