あしたのうた



「紬色白いから、割と目立ってる」

「……今日おうち帰れない」


今日はお姉ちゃんが家にいるはずだ。このままの顔で帰ったら、何を言われるか分かったものではない。渉のことを隠しているわけではないけれど、そもそも今は付き合っていないわけだし。


色恋沙汰が大好きな姉に今この状況で渉を会わせるのは得策ではないと思った。根掘り葉掘り訊かれる可能性が大である。


渉に言われた通りに、ビニール袋から取り出したタオルを川の水に浸す。冷たい、と小さく悲鳴を上げながらタオルを絞ってビニール袋に入れると、再び横になった。仰向けに寝転がったまま、今し方作った冷えタオルを瞼に乗せて、ふ、と吐息を吐く。


少しだけ、疲れてしまっていると感じた。


考えてみたら、ろくに睡眠時間も取れていない。昨日だって、渉を探して町中を駆けずり回った。そこに来て安心してしまったのだから、眠くなるのも道理だろう。


「紬、眠いの?」

「んー……ねむく、ない」

「平仮名発音になってるよ」


眠くない、と再度口にした言葉は辛うじて漢字表記になっただろうか。


冷たい指先を、暖を探して動かしていると渉の手に触れた。そのまま温かい手に包まれて、更に眠気に襲われてしまう。寝かせに来ているのか、と思いながらも眠気には抗った。だって、まだ、話していたい。


「つーむーぎ。眠いなら寝なよ、起こしてあげるから」

「寝たくないもん……渉と話してたい……」

「それは嬉しけど、また後でもできるよ」

「寝るのも同じだもん……」

「……つむぎぃ」


困ったような声が頭の上から降ってくる中、私は一人渉の胸に顔を押し付ける。ずり落ちそうになるタオルを片手で押さえながら、頬に触れる草の柔らかさを感じて深呼吸。


背中に回された渉の腕が、とんとんと一定のリズムを刻みながら優しく叩かれる。寝てしまうからやめてほしい、と思いながらも抜け出すことはしない私は、寝てもいいと考えているらしい。


だって、昨日から息つく暇もなかった。もう少し遡れば、初めて徹さんと出逢った日から────私が、額田王を、初めの時代を思い出してから、ずっと。


彼の隣で眠るのはいつ振りだろうか。辛うじて、晶子だった頃に寝たことはあっただろうか。文の頃は、そもそも一緒に過ごす時間をとることすら難しかったわけだけれど。


「紬、おやすみ」


そう言った渉に、何とか頷きを返して。その後すぐに途切れた思考は、知らぬ間に眠りに吸い込まれていた。