あれはあれで正解だった。あれがあの時代の、あの状況の最善だった。
だから今、それについて議論するのは今更な話だ。振り返ることはしても、どうすればよかった、と考えるのは、もしかしたら今の私たちに繋がらなくなるかもしれない未来を選んでいたことになる可能性だってあるのだから。
「……お礼、言えなかったな、結局」
「……そうだね」
一つだけ、心残りだとすれば、お礼も謝罪も言えなかったこと。言ったら、必死で隠していた事が全てばれてしまう危険性があったから、口に出すことはどうしてもできなかった。
「でも、きっと分かってたよ」
「……そうじゃなきゃ、あそこまでしてくれないもの」
中大兄皇子は、大海人皇子をとても大切にしていた。だから、私のことも便宜を図ってくれていた。
この時代の彼の兄も、彼のことを大切にしている。この間、初めてきちんと話をした時に感じた。それと同時に、やはり記憶を持っているのはいくら関係者であっても私と彼しかいないのだということも。鎌をかけてみたけれど、徹さんは本当に何も憶えていないらしい。
渉が勘違いした、あの日のこと。誰かから訊いたのだろうけれど、私が徹さんに会いに行ったことは、本当に他意なんてなくて。
まだ額田王だったことを思い出したばかりだった私は、一番関係の深かった中大兄皇子────つまり、この時代の徹さんが本当に記憶を持っていないのかがどうしても気になった。
渉に言ってから会いに行く、もしくは渉に会わせてもらうのが一番だとは分かっていても、それはできなかった。まだ思い出していなかった渉に、下手な知識を与えたくはなかった。結果として、それが原因で渉と私は拗れて、その末にこうして思い出してくれたわけだけれど。
きっと、これから先も、記憶を持つのは私と彼だけだ。
徹さんは思い出すことはないだろうし、私の姉も、天音も、束野くんも、その他大勢の人々も、私と渉が積み重ねてきた時代を思い出すことはない。
けれど、それが正解だ。前世なんて知らずに、今世限りの精一杯の人生を送ることが。私と彼にはもう到底無理な生き方が、この世の『普通』。
かみさまがそうしたのだから、仕方がない。私はこの生活が嫌いなわけではないし、彼だって嫌だと思っているわけではないことくらい知っている。
「今度は渉も交えて逢いたいな、徹さん」
「うん。……あの時代では、出来なかったこと、しよう」
そうだね、と答えて、するりと渉の腕の中から抜け出した。
例えば人前で甘えることだったり、三人で一緒に過ごす時間だったり、私たちのお互いの話だったり。許されなかったことは、今の時代ならできること。だったら周りの目を気にせずにやりたいことをしたいと、思う。
「……紬、タオル冷やし直した方がいいよ」
「え。そんなに腫れてる?」


