「いいの。どちらかというと、それを口実にした友達に引っ張られた感じだから」

「お姉さんと、仲良いんだ?」

「うーん……どうだろう。普通かなあ。渉は、兄弟とかいないの?」

「兄貴が一人。歳離れてるしもう家出てるから、あんまり喋った記憶ないな」


時々家に帰ってくる兄は、優しい。離れて生活をしている割に仲はいい方だと思うし、勉強も教えてくれる、いい兄だとは傍目から見ても思う。


けれどその優しさが時々寂しい、とは。


感じても口にしたことはないし、きっと誰にもわからない感覚だろうから口にするつもりもない。


記憶も過去も未来も、どれも信用ならないものだと思っている割に、感情にだけは素直な自覚はあった。


「やっぱり、お兄さんいるんだ」

「やっぱりって、よく分かったね?」


一人っ子、と言われる機会の方が多いけれど。もしくは、上の兄弟ではなく妹か弟か、下にいると思われていることが多い。


「えっと、うーん……なんとなく。落ち着いてるから、煮たようなお兄さんかお姉さんがいるのかな、って」

「嗚呼、そういうことか。でも初めて言われた」

「まあ、一人っ子っぽい雰囲気はあるけどね。大切に育てられたんだなあって感じする」

「それは自分じゃ中々判断できないけど……結構好き勝手させてもらってるかなあ、とは思ってる。和歌のこともそうだし」


進路について、昔から和歌を学びたいと言い続けているけれど反対を受けたことはない。やりたいことをやればいい、と言われている。放任と言われるかもしれないけれど、そうではなくて、本当にやりたいことだと分かっているからこそ応援してくれている。


普通、和歌の研究なんてお金にならなさそうで、院にまで進もうとしてるのを快諾してくれることはないらしい。お節介の言で、それに関しては自分でも分かっている。


けれど、学びたいのだから仕方ない。この件に関しては、兄も応援してくれているから。


そう言ったら、環境に恵まれ過ぎだと羨ましがられた。史学部を目指しているお節介は、金にならないような勉強なんてするなと反対をされているらしい。


「昔から、和歌、好きなの?」

「うん。いつからとか覚えてないけど、気付いたら好きだった。でも独学じゃ学びきれないところもあるし、もっと詳しく知りたいんだ」


大海人皇子について。額田王について。ふたりと、ふたりを取り巻いていた環境について。


そして、その環境で詠まれた和歌について。


知りたくないことも、あるのだけれど。


「────私も」


俯いて俺の話を聞いていた紬が、顔を上げて俺を見た。


「知りたい。……うん、知りたい」