それでも、少ない記憶は割とあっさり戻ってきていた。そこに更に彼の死が原因で、強制的に戻されたような感じだった。
初めての繰り返しでの、痛い記憶。愛が溢れて止まらないのに、受け止めてくれるはずの本人はもういない。それがどれだけ辛いことなのかは、彼なら分かってくれるはずだ。
それから、私は体調を崩した。秋から冬に変わって行く季節を床の中で眺め続けた。
そして、春を目前に控えて、私は桜が咲くのを見ないままに、その短い命を終えた。
「あんな想いは、もうしたくない」
愛したいと願って、その大切さに気付いて、全て思い出した時にはもう既にその相手がいないだなんてこと。だから私は、どちらが憶えている側でも思い出す側でも、思い出す側が絶対に記憶を取り戻すまでは死なないと決めたのだ。
彼にもこんな想いは体験して欲しくないし、私だってもうしたくない。だからそれだけは心に決めて、今まで守ってはきたけれど、それでも別れはいつだって辛いものだった。文にしろ、晶子にしろ。私は置いていく側だったけれど、彼の想いを想像すると、酷く心が痛い。
しんとして、私は自殺をしたわけではない。ただ、成り行きで後を追うことになってしまっただけ、否────確かに、私の中に後を追うことができた、という気持ちがあったことは否定しない。それでも、死にたいと願っていたわけではなかった。ただ結果として、そうなっただけの話。
「……私だって、貴方が悲しむことくらい分かっていた」
三ヶ月も生きることができたのは、せめて春まではと、頑張っていたからだ。結局桜を見ることはできなかったけれど、梅を見ることができたのは必要以上に彼を悲しませたくなかったから。
だから、寂しさを堪えて頑張ったのに。彼は。彼はそれを、分かってはくれないのだろうか。
「────ごめんね、おしん」
ぽつりと落とされた謝罪に、ぐっと唇を噛む。全部ひっくるめたような声に、嗚呼この人は全て分かっているのだと悟った。
「分かってるよ。全部、だって一度だけ話をしたから」
一度だけ。あれは、いつだったろうか。確か、晶子だった時。
文の時は、そんな話をする余裕なんてなかった。晶子だった頃は、戦時とはいえ学生だった彼が徴兵されるには少し猶予があった。その時に、話をした記憶がある。
────『私は、自殺をしたわけじゃない』
────『……分かってるよ、おしん』
そう、そうだった。段々思い出していくやりとりに、溢れそうになる涙を口呼吸で逃す。手のひらの温度は変わらず、低い体温から伝わる温かさが安心材料の一つ。
「それでも、酷なことだと分かっていても、おしんには生きていて欲しかった」
改めて口にされた言葉に、触れる手に力を込めた。それも、私は、知っている。知っているけれど、分かってはあげられない。それは彼も同じで、私の中に高治様の傍にいたいという気持ちがあったことを知ってはいても、分かってはくれないのだ。


