「……?」
きょとん、としながらも差し出されたものを反射的に受け取る。眉を下げて笑う渉が、そっと私の瞼に触れて、漸く納得した。
「冷やしておきなよ。ないよりはマシだと思うから」
「……ありがとう」
服が汚れるのも厭わずに、ごろんと仰向けに寝転がる。慌てる渉をよそに閉じた瞼の上に冷えたタオルを乗せると、泣いたせいで熱を孕んでいた瞼が気持ちいい。
頬を撫でる風は快く、手を動かして渉の服の裾を掴むと、その上から温もりが当てられる。あったかい、と呟くと、よかった、と楽しそうな笑みを含んだ声が返ってきた。
「ねえ、渉」
視界は暗くて、なにも見えない。分かるのは繋いだ手の温もりと、渉が動くと揺れる風。頬を草に擽られて、ふいっと顔を背けるとまた笑い声が聞こえる。
「なあに、紬」
嗚呼、戻ってきたなあ、と感じた。
少し前、まだ最初の時代の存在すら知らなかった頃のやりとりと。『今まで』のやりとりと。そんなに経っていないはずなのに、懐かしくて、嬉しくて、思わず笑みが溢れるのを止められない。
緩んだ唇に気づいた渉が、楽しそうだね呟くのに、こくりと頷く。だって、楽しくて、嬉しい。平和なことが、こんなにも。
まだまだ、ちゃんと落ち着くには時間はかかるけれど、漸く戻ってきた気分。少しくらい浮かれたって、許されると思う。ただこうして柔らかく名前を呼んでいるだけの時間は久しぶりで、重なっていた手をやんわり解いて繋ぎ直すと、きゅっと軽くその手を握り締めた。
「手、冷たい」
「んー今水触ったからね」
「あー……ありがと」
どういたしまして、という渉の手を、もう片方の手も使って包み込む。無理な体勢の私に渉は笑って、自由な方の手で私の頭を撫でた。
「ねえ、紬」
渉の、真面目な声。もしかして、とタオルを外して渉を見ると、彼もこちらを向いている。その真剣な瞳に、果たしてどちらの名前を呼ばれるのかと、心の中で湧き上がった疑問を押さえ込んだ。
残る時代は、あと二つ。どちらでも、いいけれど。もう、焦ったりはしないから。
「────おしん」
「たかはる、さま」
呼ばれた名前に、その時代の彼の名前を、そっと口に乗せた。
嗚呼、その時代、か。
比較的、平和だったと言える時代。けれどやはりこの時代とは違って、自由とは言えなかった時代。とは言え、それが別れに関わっていたわけではないのだけれど。


