一人で抱え込むのは、本当はずっと辛かった。史実とは違う真実を、誰にも言えずに仕舞い込み、その上でまだ何も思い出していない彼と話をして。何度、話してしまいそうになっただろう、思い出してと泣きつきそうになっただろう。それでもそれをしなかったのは、何か変わってしまうことが怖かったからで、『今までの』繰り返しがあったからこそ。
大丈夫、今までも我慢できていたのだから。渉は思い出してくれるから、それまでの辛抱。
そうやって、ずっと言い聞かせていた。けれど、最初に思い出した時はどうしてもできなくて、渉に心配をかけた。それでも約束だけは絶対に破りたくなかったから河原には行ったし、会わないなんてまず無理だ。
こんなにも近い距離にいるのに。何にも恐れることなく、会えるようになったのに。
「約束、守ってくれて、ありがとう」
嗚呼、もう。分かったようなタイミングでこんなこと言うなんて、本当に。
「渉の、ばかあ……っ」
零れ落ちる涙が、止まらない。
どうして。なんで。このタイミングでそんなことを言うの。
今まで我慢していたものが全て溢れてきて、涙は頬を滑り落ちる間も無く渉の上着に吸収されていく。困ったような笑い声が降ってきて、反抗するようにその胸を叩くとごめんと小さな謝罪。
「……好き、」
好き。大好き。愛してるでも、足りないくらいに愛してる。
彼が私の傍にいるのは、当たり前。当たり前だけれど、それができていた時代なんて、実際は一度としてなかった。
当たり前なのに、当たり前ではなかったあの苦しさは、もう味わいたくはない。だからこの時代で一緒になれることが、一緒に居られることが、どれだけ得難いことかも分かっている。分かっているからこそ、渉に別れようと言われた時、その理由は分かっていても頷きたくはなかった。
折角みんなに言える関係性を手に入れたのに、離れなければならないなんて。それよりも、折角一緒にいることができるようになったのに、また離れ離れにならなければならないなんて。
『記憶』を思い出していなかったのなら、過去を『知って』いなかったのなら、『真実』を憶えていなかったのなら、それは至極当然の反応で、仕方のないことだ。けれどあの時代を、始まりの事態を思い出した直後の私に、仕方のないこと、というのは酷だった。
あの時代だって、仕方ない、で引き離されたから。
仕方ないのは、分かる。けれど、仕方ない、なんて嫌い。
仕方ないなんて理由で引き離されるのなら、自分で好きなように行動した末に引き離された方がよかった。その先に処刑なり死罪なり、そういう未来しかないとしても、『次』があるなら、『次』で幸せになるためなら、私は別に構わなかった。
それは多分、彼も同じ。私が死のうとしたら止めるだろうし、私も彼がそういう道を選んだとしたら止めるかもしれない────否、止めるんじゃない。
二人で同じ道を進めばいいと、思うから。


