今はまた、彼の兄となっている、あの人。私が額田王の生まれ変わりで、渉が大海人皇子の生まれ変わりなら、徹さんは中大兄皇子の生まれ変わりだ。
千年以上も前。私は大海人皇子を想っていて、大海人皇子も私を想っていた。けれど時期を少し遅れて中大兄皇子も私のことを好きになってしまって、運悪くそれを聞いてしまった人がいた。
それから、事態は急展開を辿っていく。
私と大海人皇子は引き離され、天皇の妻として内裏に入ることになり。子供を女性が自らの手で育てることは少なかったとはいえ、会うことすらも叶わなくなって。自分の本心を、本当の気持ちを、表に出すことすら、赦されなくなってしまった。
「────君待つと、我が恋ひをれば、我が宿の、簾動かし、秋の風吹く」
額田王が、天智天皇を想って詠んだうただと云われている、この有名なうた。その本当の気持ちは、
「ずっとずっと、ずっと……っ」
待って、いた。まだ言わないと決めたから、心の中でだけれど。
中大兄皇子ではなくて、大海人皇子のことを。天智天皇と伝わっているのは、天智天皇自らが入れた、フェイク。額田王を守る為の、嘘のひとつ。
その嘘通りに、世間を欺いて、今まだ尚、その嘘は続いている。このセカイは伝わるようで伝わらないものもあれば、伝わらないようで伝わっていることだって、沢山ある。
私たちが知っている史実と、現実は、確実に同じではない。
その人が生きていた証。行動だけでなく、それに付随する、強い想い。行動は伝わっていったとしても想いまでは伝わることは少なく、だからこそ額田王と大海人皇子だって真実を暴かれないままに亡くなって、生まれ変わって、出逢って、別れて、を繰り返して、今。
真実と史実が異なってしまうことは、仕方のないことだとは思う。けれど、その異なってしまった真実は、一体どこへやればいいのだろう。
私も彼も、その差に酷く苦しんで、こうして生まれ変わってからも、真実とは違う史実に苦しめられている。普通は『記憶』なんて持たないから、せいぜい生きている間の数十年間くらいなものだろうけれど。
言うべきではないことは分かっていても、言ってはいけないことは分かっていても。私たちが生きた記録を、離れてからもうたを通して繋がっていたという記憶を、残したいと思ってしまうのは仕方のないことだろうか。嘘のままの史実を残しておくことは、勘違いされたままでいることは、本当は酷く苦しいのだ。
「────待たせてごめん、紬」
「ほん、っと、に」
この時代を、最初の時代を思い出してから、ずっとずっと待っていた。思い出す前から待ってはいたけれど、その重みが変わったことを、痛い程に感じていた。
ぎゅうっと抱き着いて、その胸に顔を押し付ける。ぽんぽん、と頭を撫でる渉に、遅いよぉ、と思わず泣き言を漏らす。


