あしたのうた



今日は確か電車で行ったはずだ。仕事がいつ終わるのかはわからないけれど、大体の目安からするとこの時間ここに来てもおかしくはない。


ホームにいると、目立つ。そう考えて、とにかく一度改札を出た。再入場しても、鉢合わせる確率はあまり変わらない。だとするなら、一駅分歩いてから乗った方がまだ回避する方法はあるだろう。


そう決めて、線路沿い来た方向に歩き出す。そういえば兄貴の高校もこっち方向だったっけ────思い出した、瞬間。


「あれ、渉?」

「……あ、にき」


呼ばれた名前に顔を上げると、驚いた表情の兄貴がそこにいた。


ぱっと身を翻して逃げる俺に追い縋って、腕を強く掴まれる。いた、と呟くと離された腕にまた逃げようとすると、今度は腕を引っ張られて抱きすくめられた。


だめだ、逃げないと。今の俺は、兄貴に何を言うか分からない。言ってはいけないことも、言わない方がいいと分かっていることも、全て話してしまいそうで、だから早く逃げたかったのに。


「渉、どうして泣いてるの」


その、兄貴の言葉に。ぴたり、と抵抗をやめた俺はそっと頬に手を持っていった。


泣いて、は、いない。頬に当てた手は濡れないし、視界も滲んではいない。それなのにどうして、と兄貴を見上げると、困ったように笑う兄貴が俺の胸をとん、と叩く。溢れそうだ、と思いながらもぎりぎりで堪えていると、それだよ、と声が落ちてきた。


「泣きたいの、どうして我慢なんてしてるの。我慢なんてしなくても、泣いていいんだよ」

「……嫌だ」


泣きたく、ない。泣いてはいけない。


もう分からないよ。俺なんかに構わないで、紬のところへ行ってよ、兄貴。俺なんて置いていって、俺にとっての唯一無二の存在の許へ、行ってあげて、────お願いだから。


さっきから、お願いをしてばかりだ。


「渉? わーたーる?」

「……ひとりに、して」

「……渉」

「ひとりにしてよ、」


どうすればいいのか分からない。兄貴に対しても、紬に対しても。何を想ったらいいのか、何を考えたらいいのか、何をすればいいのか、もう俺には、分からない。


ひとりになる時間が欲しかった。誰もいないところで、静かにひとりじっくりと考える時間が欲しかった。


俺のセカイは、狭い。こうして紬と兄貴を拒絶してしまったら、残っているのはほんの一握りしかいない。それでも、二人がふたりなら、俺は身を引かないといけない。くっつこうとくっつくまいと、俺は紬とは一緒にいられない。


「あっち、行って……っ」