あしたのうた



だから。だから、本当は、離れたくなんてない。別れなくなんて、ない。


ずっとずっと、ずっと昔から一緒に居たから、ずっとずっと、ずっと先まで一緒に居られると思っていた。約束も、決意も、未来だって紬がいたから信じられているのに、その根幹にある約束が揺らいでしまっている今は、もうなにを信じればいいのか分からない。


どうしてかみさまは、俺と紬を、────大海人皇子と、額田王の記憶を。持たせたまま、こうして何度も繰り返させているのだろうか。


中大兄皇子ではなく、大海人皇子な理由。『兄貴』ではなくて、『俺』である理由。そして今このタイミングで紬が思い出したのか、────兄貴に、出逢ったから。


兄貴は、本当に何も知らないのか。


もしかしたら何か知っているのではないか。だって、そうでなきゃ、俺も紬も報われない。そうでなきゃ、ただ単純に兄貴に振り回されてどうにもならなかった俺と紬が残るだけ。


やっぱり、もう、元に戻るのは無理なのかもしれない。


この出来事をなかったことにはできない。言った言葉を取り消すことはできない。してしまった行動は、もう取り返しなんてつかない。


ねえ、紬。


言葉にして欲しかった。元に戻ることがないのなら、全部ぜんぶ隠すことなく、もうどんな事実だっていいから何か言って欲しかった。


どうして話してくれないの、と一方的に詰ることは簡単で。けれどそれをしないのは、やっぱり心のどこかでまた元のような関係に戻りたいと思っているからで、それをしたらもう戻れないと知っているからで。


俺が早く、思い出せればいいのに。


額田王のことも、大海人皇子のことも、中大兄皇子のことも。それだけではなくて、まだ俺が思い出せていない時代、記憶全てを。そうしたら何かが変わるかもしれない、もしかしたらより絶望的になるのかもしれないけれど。今の俺ができることは、とにかく『記憶』を取り戻すことくらいだった。状況を変えることができるのは、それくらいしか思いつかなかった。


「……紬、」


沈黙を遮って、小さな声で呼びかける。ぴくり、と肩を揺らすが、紬は顔を上げない。それに構うことなく、俺は言葉を続ける。


「一度、別れようか」


ぴく、と大きく肩を揺らして、動きを止めた紬が、ゆっくりと顔を上げた。


一度、とつけたのは、もしかしたら、という望みを持っていたかったから。それでも別れると言ったのは、紬の『未来』の障害にならないように。


痛そうな表情を堪えた紬が、じいっと俺を見つめてくる。視線を逸らさずにしっかりとそれを受け止めて、きゅっと唇を引き結んだ。