確定したわけではない。俺が、紬が、兄貴が、あのひとたちだと。それでも頭の中はあのひとたちの歌がぐるぐると回っていて、どうしたって現実を突きつけてくる。確定とは言えなくても、恐らく限りなく現実に近い真実を。
ここまで紬を好きになるなんて、思っていなかった。
最初に出逢った時は。けれどそのあと連絡を取り合って遊びに行って、段々『記憶』を取り戻していって。俺と紬が彼と彼女だということを知った瞬間に、恋を通り越して愛を知って、だがそんなものはなくたって俺は多分紬に惹かれていた。
俺と紬を繋ぐ、うた。そのうたを、疑うことなんてしたくはない。けれど、でも。疑うというよりも、どうすればいいのか分からない、が正解だ。
授業が始まっていたが、正直それどころではなかった。それでも疾風を欺き通すために、聞く振りだけをする。そういったことだけはやけに冷静で、焦りすぎると一周回って頭が冷えるのかもしれない、とくだらないことを考えた。
────ねえ、紬。
何を悩んでいたのだろう。兄貴との、何を。そして兄貴と、何を話していたのだろう。
名前を呼んでほしかった。紬に、名前を。渉、と、名前を呼んでほしかった。でないと、何かが消えてしまうような、そんな気がした。
だって、紬は、全て知っている。
あの日、兄貴と初めて会った日。恐らく紬は全て思い出して、だから行動がおかしかった。全てを知っても約束はきっちり守ってくれた紬に、安心すればいいのか不安になればいいのか分からない。
紬も多分、苦しんでいる。否、多分ではなく、確実に。一昨日の行動を思い出して、そっと唇を噛み締める。何かを堪えたような顔をしてただひたすら俺の隣にいた紬を、疑うことは、したくない。そもそも、俺は今紬を疑っているのかと問われたら、多分それは、少し違う。それがなんなのか、と訊かれたら答えられないけれど、疑っているわけではないのだ。
どうすればいい。どうするのが正解なのか。
ノートの隅に、頭の中を巡っているうたを走り書きしてみる。むらさきの、あかねさす、きみまつと。何も思い出せない、あの、記憶を思い出す時の、一瞬だけ何かが灼けるような感覚もない。
それが余計に、焦りを煽ってくる。どうして思い出せないんだ、と。一昨日は少しだけ、思い出せそうな感じがあったのに。あそこで考えるのをやめていなかったら、思い出していたとでもいうのだろうか。
放課後までが長かった。SHRが終わると、俺はすぐに学校を出た。
どうするかはまだ決まっていない、けれど、それ以前に紬に会いたいと思った。名前を呼んでほしいと、その温もりを感じていたいと、だからとにかく、紬の学校のある駅に向かうことにして。
改札前でいつくるかも分からない紬を、ただひたすら待っていた。


