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妹尾先輩、と名前を呼ばれて顔を上げると、文芸部の後輩が教室の入り口から顔を覗かせていた。
「白石さん」
「あれ、渚ちゃんじゃん」
「疾風先輩こんにちは!」
気後れしたような表情をする後輩に、こちらが廊下に出て壁に背を預ける。すみません、と謝った後輩に気にしなくていいよと声をかけると、何かを言い淀んでいる彼女に首を傾げた。
昼休みの今は、教室も廊下もがやがやとしていて騒がしい。昔は、紬に出会う前はそれすらも好きになれずに弁当を食べると図書室に逃げていたが、このところは教室に留まっている。相変わらず本は読んでいるが。
どうしたの、と白石さんを促すと、あの、と少ししてから返事が返ってきた。なあに、と問いかけると、再びの沈黙。しかしそれもすぐに終わり、顔を上げた白石さんが俺にしっかりと視線を合わせてきた。
「見間違え、かもしれないんですけど」
「うん。どうしたの?」
「先輩、彼女さん、いますよね。二つ隣の駅の」
「……いる、けど、俺白石さんに言ったっけ……?」
言った覚えはないのだけれど。
「あ、あのほら、文化祭の時の」
「……あー、うん。まあいいや」
あの時は付き合っていたわけではなかったが、それを今言うのも違う気がして何も言わないことにした。疾風に言われた通り、俺が人と話していることすら珍しいと思われるし、異性の名前を呼び捨てにしていたら勘違いされても仕方ない、と今なら思う。事実、今はもう表向きカレカノであるのだから別に問題はないし。
結論付けてからそれで、と白石さんを再度促すと、あのですね、と言い辛そうに口を開いた。
「先輩と私、最寄駅一緒じゃないですか。それで、駅で先輩の彼女さんが誰か男の人と一緒にいるのを見かけて……」
男の、人。そう形容するということは、同級生とかではない、ということだろうか。
けれど、別にそのことについてどうのこうの言う気はない。紬と俺だから、浮気なんてことはないと知っている。知って、いるが。
「相手の人、多分先輩のお兄さんだった気がして」
────そうとなれば、話が別だ。
さっと顔色を変えた俺に、白石さんがバツの悪い顔をする。ごめん、ありがとうとだけ返すと、白石さんはきゅっと唇を引き結んだ。
「先輩、」
「俺の方で確認してみるよ。ありがとう白石さん、時間は大丈夫?」


