俺の思い出せていない、紬の憶えている時代はあといくつあるのだろう。今までに俺たちは何度出逢って、何度別れて来たのだろう。
つい最近思い出した高治が、最初の時代ではないことは分かっていた。
高治も記憶を持っていたから。最初の時代だということは、それ以前の『過去』の記憶は持っていないはずだ。だから、俺にはまだ思い出していない時代がある。思い出せていない時代がある。
焦らないとは決めても、紬のこんな様子を見たらどうしてと思わずにはいられない。
『知っている』というのと、『憶えている』というのは全くの別物であって、近いものとも言い難い。それを紬も分かっていて、きちんと『思い出して』『憶えていて』欲しいから、俺に俺の思い出していない過去を言わないことは知っている。だから今回だって言わないことも分かっている。
分かって、いても。分かっていても、もどかしいものはもどかしい。
ごめん、と口をついて出てきそうになった言葉を飲み込んだ。紬がこの言葉を望んでいないことは分かる。これはきっと、今の紬には言ってはいけない言葉だと、おぼろげながら理解していた。
「……帰る?」
「……もう少し、一緒にいたい」
何も言わない紬に問いかけると、囁くような声が返ってくる。手は繋いだまま、体育座りに膝を抱え込んだ紬の表情を窺うことはできなくて、わかった、と一言落とすと対称的に足を投げ出して座る。
少しだけ、先程の緊張感は和らいでいた。まだ少しぎこちない感じは残るが、それよりはいつもに近い雰囲気に、内心で安堵する。
今の俺ができることは、思い出すことと、ただ彼女の傍にいること、だけ。
連絡が取れなかったのは、きっといっぱいいっぱいになってしまっていたのではないだろうか。俺に言えないということは誰にも言えないということで、それも俺に関わることだったら俺だって連絡できない。それが分かっただけでも収穫で、それでもこうして会おうとする紬が、愛おしいと感じた。
傍にいて欲しいと言われたら、いくらだって傍にいる。それが俺のできることだから。それが俺の役割だから。
この間とは逆だな、なんて思いながら、暗くなっていく景色を眺めた。
この間は俺が悩んで、紬が言葉をかけてくれた。今度は紬が苦しんで、俺はただ傍にいる。
言葉をかけるのは、今の紬には必要ない。だから声をかけないし、かけようとも思わない。知りたくても知るだけなのは彼女の望むことではないから、やっぱり傍にいることだけ。
それを悲観しているわけではない。それしかできないのだから仕方ない。余計な事をして、拗れてしまう方が、正直なところ怖いから。


