少し経つと、雪絵さんが部屋に戻ってきた。

また押し問答が始まるのかと私が身を固くすると、私の手に雪絵さんの指先が触れて、棒状の何かを握らされた。

何だろうと見てみると、


「それだったらいいでしょ」

「っ、」


体温計、だった。


雪絵さんは本当に優しい。
私が何も言わなくても、何か悩んでいると感じ取ると、いつも私の気持ちを汲んでくれようとする。

優しさが心に染み渡って、目が潤んだ。

いつもは豪快な人なのに、こういう時は繊細に気遣ってくれる。

本当に、魅力的な人。

住田さんが好きになるのも大いに頷ける人。


……そうだよ、私、早く独り立ちしなきゃいけないんだよ。


恋が出来るくらい、元気になったよって、もう大丈夫だよって、この人に伝えなきゃいけない。

そうして早く、雪絵さん自身の幸せを掴んで貰いたい。


「どうしたの、早く熱測りなさいよ」

「あ、そうだよね、あはは」

「突然笑いだして、変な子」


雪絵さんが少し笑ったような気配を感じて、嬉しくなった。

雪絵さんには、いつも笑っていて欲しい。


しみじみしながら、体温計を脇に挟む。

まぁ、36.0℃そこらでしょ…







「………あ、」



―――――……37.8℃。





雪絵さんは、冷蔵庫に奇跡的にあった冷えピタを私に渡すと、辛かったら電話して、と言い残して出勤していった。



熱ぐらい出たらいいのにとは思ってたけどさ…本当に出るとは思ってなかったよね…

たしかに頭が痛いなとは思ってたけど。


熱あるって分かった途端、具合悪くなってきたかも……

体が ぶるりと震えて、突然さみしさが募ってきた。

外から届く雨音がそれを助長する。


……また、椎名くんの笑顔、呆れ顔、イライラしている顔、得意げな顔、過去に思いを馳せる切ない顔、最後の無感情な顔……椎名くんに関する記憶が脳内を巡って、布団を握りしめた。


もう寝るしかないと目を閉じても、まぶたの裏にも椎名くんがいて、涙しかでてこない自分が情けなくて、奥歯を噛み締めた。





―――――……ヴーー、ヴーー、、



「ん……」



気がついたら眠っていた。

知らないうちにベッドから落ちたスマホが、何かを受信したらしく、床の上で震えている。

手を伸ばしたら想像以上に自分の体が重く感じて、根性でスマホを掴んだ。

画面を見ると、瑠璃子からのメッセージだった。