「俺は、バスケを辞めた」

「っ……その、悠華先輩、は…?」

「俺が部を辞めて少し経ったら、普通にヨリ戻した」


何もなかったみたいに、椎名くんはそうぽつりと付け足した。


「家族には、相談したの…?」

「…なんて説明したらいいのか、分かんなかった……」

「椎名くんの気持ちは…?先輩に伝えたの…?」

「……伝えた、嘘の彼氏になってすぐ」

「そんなのって…」

「いいんだよ、先輩にとって俺はただの、心の隙間を埋める為のものだったんた」


椎名くんは、溜め込んでいたものを吐き出すように、深く息を吐き出した。

私は、許せないかもしれない。

気持ちを知りながらも椎名くんを利用した、その悠華先輩を。

椎名くんの優しさと気持ちに付け込んだその人を、一生許せない気がした。


「…なんでお前が泣くんだよ」

「泣いてないし」


気づいたら、温かいものが頬を流れていた。

喉の奥が、きゅうっと詰まって、声を出しづらい。

それに必死に抗って、目元を袖口で擦った。


「いや、がっつり泣いてんだろ」

「もう…女を泣かせて喜ぶなんて最低」


鼻をすすって、椎名くんを睨みつけた。

途端に怯んだ顔を向けられた。


「ちょっと待て泣かせた自覚はあるけど喜んではねぇだろ」

「むかつく、本当むかつく。その先輩も、椎名くんも」

「…なんでだよ」


一気に表情と態度が怪訝そうになった。


「しっかりした言葉で言えなくたっていいじゃん。ちゃんと家族に相談してあげてよ。辛いときはよりかかっていいんだよ」


一人で耐える必要なんて無かったんだよ。


「どうせ椎名くんのことだから、涌谷先輩が傷ついてるなら、俺だけ助かっちゃいけないって、馬鹿みたいなこと考えてたのかもしれないけど」

「っ……」

「月子さん、椎名くんの自慢してるとき、一度もバスケのこと言わなかった。きっと待ってるよ、椎名くんがどうしてバスケ辞めたのか教えてくれるの。聞きたい気持ち抑えて、ずっと待ってくれてると思うよ」

「……いつか、話す」