紫陽花の涙

翌日になり、
結局目覚めたのは朝だった。

またしても時間を持て余し、
化粧を完璧に仕上げて
公園に向かう。

今日は雨だ。
ビニール傘にあたる雨粒の音が
いつもより大きく聞こえる。


公園には少し色付いた紫陽花もあった。

移りゆく色。
あたしのこの感情も、
そうなるんだろうか。

こんなに締め付ける心も
時間とともに
感じなくなってくるんだろうか。

だったら、
どうして今こんなに
苦しくて幸せなんだろう。

そんなことを思っていたら
ブランコが見えてきた。

そこには、
彼が立っていた。


ブランコを見つめる背中。


あたしは急にどうしていいかわからなくなった。



会えた…

でもその後は?


何も考えてなかったし、
初めてのことで
どうしていいのかを知らない。


関わりたい。知りたい。

接点を持つには、
どうしたらいいのか。


ぐるぐる考えてるうちに
彼のすぐ傍まで来てしまっていた。

あたしが立ち止まるのと
ほぼ同時に
彼が振り向いた。


「あ、あの。
あたし、田中 花(たなか はな)です!
初めましてっ…」

彼の目は見開かれている。

それを見て
あたしの頬が熱くなるのを感じる。

どうして急に名乗ったのか。
しかも、田中 花なんて、
なんて平凡な名前なんだろう。

あたしは自分の名前が大嫌いだ。

せめて、
お店で使ってる源氏名の
桜で名乗ればよかった。


今すぐ透明になって
この人の瞳に映らないようになりたい。


顔を伏せて、
息を殺した。


「えっと、
はい。
俺は、笹川 奏(ささかわ かなで)です。」

戸惑いを感じられる声色。
それでも返してくれた。

初めて声を聞いた。
なんて素敵な名前なんだろう。
よけいに自分の名前が恥ずかしくなる。


顔を上げて、
彼と目を合わせる。

「す、すみませんでした。
この間ここで見かけて気になってて。
ここ、ほら!
普段人居ないから珍しくて!」

必死に笑顔を作って
明るく振舞った。


なんて苦しい言い訳なんだろう。

彼は
一瞬間を置いて
笑い出した。


「変な子だね。
俺もこの間見かけたんだ。
ちょうど公園から出ていくとこだった。
だから初めましてじゃなくて、
二度目まして…だね。」


柔らかい話し方。
なのに少しあどけなくて、
子供みたいな顔で笑う彼に
あたしは二度目の恋をした。


姿だけじゃない。
話してる彼は
あたしの心を焦がした。

もう戻れないと確信した。

彼が欲しい。

それだけが素直な感情だった。

「二度目ましてって!
笹川さんも変な人ですね!」

自然と笑えた。

「あの、せっかくの公園仲間なので、
もう少しお話しませんか?」


高鳴る心臓と
自分の意外な発言に
もうついていけなくなっている。


自ら、人との関わりを持とうとしている。

これも、恋の力なのか。