紫陽花の涙

「そういえば、
なんて呼べばいいかな？
田中花さん。」

彼の心地よい声に
名前を呼ばれて
心臓が速さを増す。


「えっと、田中でも、花でも
どちらでもっ！」

「じゃあ、
花ちゃんでいいかな？」

「もちろん！
あたしはなんて呼べば？」

「奏って呼んでよ。」

「奏…さん…
奏さんでいいですか？」


奏と呼ぼうとして、
やめた。


奏さんが
ちゃん付けなのに、
あたしが呼び捨てにすることは
できなかった。

この人は、
近いのか遠いのか
わかりづらい人だと思った。

「奏さんは、
おいくつなんですか？」

「俺？
27だよ。花ちゃんは？」


「あたしは、22です。」

「若いねー！
羨ましい！」

すごく嫌だった。
もしも、
もっと年齢が近ければ
もっと、共通点があれば、
この人に近づけるかもしれないのに。


今は、この5年の壁が
すごく大きいものに感じて、
自分がまだまだ子供な気がして
恥ずかしくて帰りたくなった。


店内にある時計が目に入って
時刻は
もう5時を過ぎていた。


「あ！
あたし、仕事なんで、
これで失礼します。
あの、珈琲いくらですか？」

「いいよ。
俺が誘ったんだし、奢らせて下さい。」

笑顔の彼を見て
締め付けられる胸を紛らわすように、

「じゃあ、ご馳走になります！
ではまた！！」


逃げるようにその場をあとにした。