「気持ちいね…海にくるの何年ぶりだろ」

「東京では行かなかったのか?」

「東京の海は全然きれいじゃないの。それにこんなに気持ちよくないんだよ」

「まぁ都会と田舎の取り柄は違うからしょうがないんじゃねぇの?」

「まぁね」

幸菜はサンダルを脱いで海に入っていった。

その時、俺はなぜか言いようのない不安に襲われた。幸菜がどこかに行ってしまって、もう二度と帰ってこないのではないのだろうかという。

「幸菜!」

「何?」

立ち止まって振り向いた幸菜を見て、とても安心した。

「いや…なんでもない」

「そう」

幸菜は空を見上げて、

「ここは空が広いね…」

と呟いた。

「東京はね、ビルとかがいっぱいあって空が狭いの」

「そうなのか」

「うん、それに車も…」

その時急に幸菜の顔が険しくなり、両腕を抱いた。

「…どうしたんだ?」

「あ…なんでもないよ!」

振り返った幸菜の顔はいつも通りで、先程の眉間にシワのよった顔が嘘のような笑顔だった。