「幸菜」

「あ、彰人」

再び本に戻っていた私は少し驚いた。本に夢中になっていて、気配を感じなかったから。

「どこ行く?」

その問いが、とても嬉しかった。約束をきちんと覚えていてくれて。

「楽しいとこ!」

「抽象的すぎるだろ…」

だって、なかったはずの時間。

「じゃあ2人とも楽しめるとこ!」

一緒にいられるだけで充分幸せなのに、どこ行きたいかまでぱっと考えられない。

「あー…映画でも観に行くか?」

ふと思い出した映画のタイトルがあった。

「うん!私みたいのあるんだ!」

これは嘘じゃない。友達と見るはずだった映画。彰人と見るはずはなかった。

「どうせアクションだろ」

当てられて驚いた。

「さすが彰人!分かってるね〜」

「行くぞ」

彰人はそれだけを言って歩き始めた。

先を歩く彼の背中は、とても大きくなっていた。

その背中に、少しどきっとしたのは秘密だ。


「すごかったね!」

「そうだな」

映画を観終わって外に出るともう夕方だった。この夕焼けも、見れるはずがなかったもののひとつ。

「母さんが、お前家にきていいって」

電話で聞いてくれたらしい。

「ほんとに?やったー!」


–––みんな、昔のままで。私が死んだって知ったら、彰人はどう思うんだろう…