江戸の虎が溺愛する者



俺は無我夢中に走った



こんなに何かに向かって無我夢中になることはあっただろうか



月夜に照らされる江戸の町は、静かで昼とは違う顔を見せる




川が流れる橋を渡り、すぐそこに見える団子屋は店を閉めようと、見たことのある女がせっせと動いていた




肩で息をしているのを忘れたかのように、俺の足はゆっくりとその女の方へ動いた




それに気がついたのか、こちらを見た




月光の光を浴びた女は俺の知っているハルだった



「ごめんなさい、今日はもう店仕舞いでして…明日また来てくれますか?」




多分、辺りが暗いのと逆光で顔が見えないせいで俺のことがわからないのだろう




そう思うと、心がチクリと痛んだ



「ハル…」




俺の途切れそうな声は、きっとハルには届かない




そう諦めた瞬間、




「裕斗…?」



えっ




ハルは目の縁に涙を溜め、俺に抱きついてきた



「裕斗のっ馬鹿ぁ…っ」





あ、ハルだ。ハルがここにいる





背中に腕をまわし、ギュッと抱きしめた





ハルも俺の襟を掴んで離そうとしなかった