「そういえば……」
私の勉強を邪魔しないようにと、いつもよりも半分くらいの声で一紀が呟いた。
「海で会ったあいつ。名前、拓(たく)って言うんだって」
「そう、なんだ」
あいつと聞いてすぐにぱっと顔が浮かんだ。
私の記憶を取り戻すための唯一の道しるべになるであろう、男の子。
「拓っていう名前聞いて、特に思い出すことはない?」
「うん、ない……」
「拓、あれから毎日優花の様子を聞いてくるんだ。目が覚めたことも伝えたから。優花の連絡先聞きたいって言ってるんだけど、どうする?」
「雄太郎さんにばれるといけないし……」
「うん。俺もそう思ってたから。拓に聞きたいことあったらいつでも言って。俺が代わりに連絡とるから。昼休みにでもまた作戦立てる?菜子も誘って」
「そうだね……あれ?いつの間にか菜子って呼んでる」
「誰かさんが大変なことになったから、それを必死で助けるために色々動いてたら仲良くなっちゃったよ」
一紀は冗談っぽく言うと、「じゃあ、俺菜子に伝えてくる。優花はプリントやってて」と言って、立ち上がった。
「うん、ありがとう」
「うん」
一紀は返事をすると、私の頭をぽんぽんと軽くタッチして、教室を出て行った。

