「……サチ」
 


「え!?」
 


私がその名前を言った瞬間、美由紀さんは明らかに動揺したようだった。

目が見開いて私をじっと見つめていた。

ごめん一紀。

楽しい旅行にするって言ってたけど、こんなに動揺している美由紀さんを見て黙って知らないふりしている方が無理だよ……。
 


「記憶が戻ったの?」
 


美由紀さんは、その名前を聞いて私にそう聞いてきた。
 


「『サチ』は、私なんですか?」
 


「……あなたに関係する名前ではある……」
 


美由紀さんは、目を逸らさずじっと私を見つめた。

私がどこまで分かっているのかどうか落ち着いて見極めようとしている感じだった。

負けまいと目を逸らさずにいようとしたけれど、ダメだった。
 
視線を逸らせた私を見て、美由紀さんはほっとしたように肩の力を抜き背もたれにもたれかかると、「全部、思い出したわけじゃなさそうね」と言って、ふうとテーブルに息を落とすと、注文しない私を見かねて店員さんを呼びコーヒーを二つ頼んだ。
 


「優花ちゃん、私はね、心理を勉強している立場としては、無理に昔の記憶を思い出さなくてもいいと思っているの」
 


「どうしてですか?」
 


「あなたは事故の後、記憶を無くしているでしょう。それって精神的ショックによるものが大きいんじゃないかと思うの。つまりそれって、あなた自身が忘れたいって思っているってことかもしれないの」