「行くのか?」
「……行く。心配かけられないし」
高森君は、黙って部屋から出た私の後を追いかけた。
「なんか、ごめん。今混乱しててうまく話せる自信がない」
「俺も、混乱しててうまく聞く自信がない」
「だよね」
降りていくエレベーターの中の短い時間でたどり着いた答えは、
「とりあえず、みんなの前ではいつも通りでいたい」
分からないことが多かったけれど、分からないからこそこうするしかなかった。
「今日は、楽しい旅行で青い海を見る。そして、たくさん思い出作る」
「武田がそうしたいなら、俺も付き合う」
エレベーターが静かに止まり扉が開く。
「……落ち着いたら、話聞いてくれる?」
「うん、いいよ」
「ありがとう……」
私は、高森君にお礼を言ってエレベーターを降りた。
足に力が入らない感じがしたけれど、一歩ずつしっかりと踏みしめた。
レストランに入り三人の姿を見たとき……
「菜子」
私が名前を呼ぶことができたのは、菜子だけだった。
私に何か隠しているかもしれない雄兄と美由紀さんの名前を呼ぶことは出来なかった……。
この二人は知っているのだろうか。
『サチ』という名前を……。

