春になり、雄兄と私は住んでいた家を綺麗に片づけてそれぞれの場所へと旅立つ準備をしていた。


旅立つ前の日、雄太郎さんは私にこう言った。
 


「名前……優花から彩智に戻すことも出来るよ」
 


「え?そうなの?」
 


「うん。戸籍上は実はまだ彩智のままなんだ」
 


「そっか……でも、直さなくてもいいんだよね?」
 


「うん。色々手続きとか必要だけど」
 


「じゃあ、直さない。私、このまま雄兄さんと兄妹のままでいてもいい?」
 


「優花がそれでいいなら」
 


雄兄は安心したように微笑んで、ぽんぽんと私の頭を撫でた。
 


「いつでも電話してきて。いつでも会いに来ていいし、俺待ってるから」
 


「それじゃあ、恋人みたいじゃん。美由紀さんがかわいそう」
 


雄兄は、はっとしたような表情をして、私の頭から手を離すと、「それもそうだよな」と呟いて、バケツの中に入れてあった雑巾をぎゅっぎゅっと力強く絞ると、床を丁寧に拭き始めた。
 


私は、これから武田優花として生きる。
 



離れてしまうけれども、雄太郎さんとの縁は、この名前として残していきたいとそう思ったから。