「受験票持った?」
 


「うん。大丈夫だよ。それもう五回目」
 


朝日が昇り始めてうっすらと部屋の中に光が差す。

外を見るとちらちらと粉雪が舞っていて光に当たってきらきらと揺れていた。


今日は、地元の大学の受験の日だ。

私よりも緊張した雄兄が、お弁当を詰めながら何度も何度も部屋の壁に掛けられた時計を見てはため息をついていた。
 


「あいかわらず心配性だな、雄兄は」
 


「逆に、優花がなんでそんなに落ち着いているのか知りたい」
 


「だって、もうどうしようもないじゃん。なるようになるよ」
 


雄兄が淹れたブラックコーヒーを飲みながら、英語の単語帳を開いて最後の追い込みをする。
 



私はあの日、記憶を取り戻した。


雄兄が私に飲ませていたのは、記憶の書き換えを解く薬だったのだそうだ。

海の傍で二人で座って話していた時に薬が効いてきて私は眠り始めた。

そして、目覚めたらすべての記憶が戻っていたのだ。
 

私が彩智だった記憶。

親に見放され、新しい環境に馴染めず居場所がなかった私。

そんな時、雄太郎が私が辛い時に一緒にいてくれた友達だということ。

雄太郎に依存しすぎた私を救うために美由紀さんと雄太郎が相談して私に薬を飲ませたこと。


それが『記憶喪失』だと『思っていた』原因だったということ。
 

私は、そんなにまで心配してくれる雄太郎に答えたいと思った。


だから私は、雄太郎が望んでいた『優花という妹』のままでいることにした。