雄太郎さんは、立ち上がって「あそこの岩の上に行こう」と言って私の手を握って立たせた。

私は言われるままスニーカーに波を浴びながら雄太郎さんと一緒に岩の上に登った。
 


「美由紀は俺のことが好きだった。でも、その時俺は『彩智』のことが好きだったし、帰れないと言ったんだ。そうしたら、一日だけ一緒にいてくれたら帰ると言ったから、その日彩智じゃなく美由紀と一緒にここに来たんだ。そして美由紀と一緒に青い海を見た……そうして気づいたら、俺は、美由紀の恋人になってた」
 


「どういうこと?」
 


「……美由紀は、俺の食事に薬を混ぜて飲ませてたんだ。その薬は、まるで夢と現実のはざまにいるような感覚になる薬だった。

その薬は、俺と美由紀が共同研究で作り出した薬で、記憶を書き換えられるという薬だった。薬が効いている状態で、一定の光と音を見ているときに、書き換えたい記憶を本人に伝えることで、まるでその記憶が本当の記憶のように頭の中に残る。

トラウマを抱えた人のためにと思って作っていた薬だったけれど、こういう使い道があったなんて思ってもみなかったよ。

俺は、その薬で美由紀の恋人になり、彩智は、悩みを相談し合える友達ということになってしまった。そうして、美由紀と一緒に彩智に別れを告げた。

彩智は、ひどく狼狽してそのまま意識を失った。そんな時、美由紀が提案したんだ。私たちが研究している薬を使って、彩智の記憶を無くして、俺が家族として見守ったらどうだって。それなら別れなくてもいいし、一緒にいられるだろうって」
 


「どうして……それなら記憶を消すだけでも良かったじゃないですか?」
 


「それは、美由紀に聞かないと分からない……」
 


雄太郎さんは、握っていた私の手を握り直して強く握った。

青い光が足元の岩に当たって弾ける。

波の音が静かに何度も何度も耳をなぞる。