「あの手紙の内容は本当よ。『あなたは、研究の材料として買われた』の。わざわざ訪ねてきたみたいだけれど、私が知っているのはそれだけ。記憶喪失になったって言うけれど、きっと『記憶を消された』のじゃないかしら?『彼ら』が勝手にやっていることだろうし、今さら私のところに来られてもどうしようもないのよね。お金だって貰っているわけだし……」
女性がそう行った時、一台の車が玄関先で止まった。
そして、女性が運転席に乗っていた男性に手を振ると、身をかがめて私の耳にそっと話しかけた。
「私は、あなたを捨てたの」
それだけ呟くと、「じゃあね。『買った人達』と仲良くね」と言って私の頭をそっと撫でて鉄格子の鍵を閉めると車に乗り込んだ。
「え!?おばさん、どこにいくの?」
拓が慌てて車の窓ガラス越しに女性に叫んだ。
女性は、車の助手席の窓を開けると、「私、この家にもう戻らないの。それじゃあね」と拓に言い、車に乗って走り去ってしまった。
走り去っていく車を見ながら、私たちはその場に茫然と立ち尽くしていた。
沈黙を破ったのは拓だった。
「ちょっと待て……彩智が戻ってきたのに、なんで『この家に戻らない』って言ってるんだ?戻って来たんだから、前みたいに一緒に暮らせばいいじゃん、なあ?」
拓は、私にそう言ったけれど私は涙を流しながら首を横に振ることしかできなかった。
「優花……」
そんな私をぎゅうっと抱きしめてくれたのは菜子だった。
そんな菜子に甘えるように口からぽろりと、自分では受け止めがたい彼女が言った言葉が自然とこぼれた。
「『私は、あなたを捨てたの』って言ってた……あの人、そう言ってた……」
記憶を無くしてから、お母さんはあたたかい人なのだろうなと……優しい雄太郎さんを見てそう思っていた。
勝手に思っていた。

