「はじめまして。……えっと……彩智さん、の友達の一紀と言います」
 


「私は、菜子です」
 


菜子も一紀に続いてその女性に挨拶をして、頭をぺこりと下げた。
 


「……礼儀正しい友達ね。彩智とは、大違い」
 


その女性は、私を厳しい目で一瞥すると、すぐに表情を戻し、鉄格子の鍵を開けに出てきた。私はその女性が一歩近づいてくるたびに後ずさりしていた。
 


「どうした?」
 


拓が後ずさりしている私を見て、不思議そうな顔をした。
 


「や、……なんだか……」
 


私は肩にかけていたショルダーバックの紐をぎゅっと両手で握りしめ、その恐怖と必死に戦おうとした。
 


「おばさん。おばさんには話してなかったんだけどさ、こいついなくなった後、記憶喪失になったみたいで。記憶喪失になる前のこと全部忘れちゃったみたいなんだ」
 


「え……?」
 


私の母親であろうその女性は、驚いたように表情を固まらせたが、しばらくすると「そういうことね」と、納得したようにくすくす笑うと、鉄格子の鍵を開け、私の前に立った。