三十分ほど歩いた先に目的地はあった。

「ここだよ」と拓は言い、玄関のインターホンを迷うことなく押した。

インターホンを押したけれど、音は鳴らなかった。
 


「あれ?電池切れてるのかな?」
 


玄関先の鉄格子を押して中に入ろうとしたが、鍵がかかっていて開かない。
 


「拓、あそこ。家の窓空いてる」
 


一紀が家の一階の窓を指さしながら、拓の肩をとんとんと叩いた。
 


「あ、本当だ。呼んでみるか。おーい!おばさん拓だけど」
 


拓が呼びかけたけれど、全く応答がない。拓

が返事がないのにしびれを切らしてもう一度声をかけようと息を吸ったその時だった。

一階の窓が閉まったかと思うと、玄関のドアノブがかちゃりと静かに動いて、ゆっくりとドアが開いた。

そこから姿を見せたのは、黒いワンピースを着た中年の女性だった。

髪の毛は無造作に後ろで一つにバレッタでまとめられていて、細身だった。

目は切れ長で、その目は私をとらえて一瞬大きく見開いたかと思うと、すぐに三日月形に変わった。
 


「彩智……」
 


その女性は、私自信が知らない私の名を呼び、私に微笑んだ。

その女性は微笑んだはずなのに、私は身がすくんだ。


『怖い』と体が本能的に感じて、うまく声を出すことが出来ずに小さく唇が震えた。
 
固まっている私を見かねて、替わりに一紀が答えてくれた。