やがて足音も聴こえなくなり、バーには涼しげな顔でワインを飲む新井さんと私が取り残された。
しかしいくら具合が悪いと言っても、たった三十分だけだとしても、バイト初日の女にバーを任せるなんてどうかしている。
無計画なオカマにイラついたので烏龍茶をグラスに注いで一気飲み。
と、新井さんがいることを思い出して慌てて謝る。
「……すみません、私カクテルとか何も作れないんですけど」
「いや、構わない。今日はそんなに深く飲むつもりはないからね」
ゆっくり言葉を紡いだ彼は、その体格に似合わない柔らかな笑みを浮かべる。新井さん、なかなかのイケメンだ。
「麻野は昔、私の母がやっていた花屋でバイトをしていたんだよ。当時は髪も短くて、睫毛も普通の量だったな」
「え」
「オカマ口調を隠すとただの美青年だよ」
昔の麻野さんの話なんかをしてちょうど新井さんのグラスが空になる頃。あれ、麻野さんいなくてもやってけてる。
なんて馬鹿なことを考えていた中にオルゴールの音が響いた。壁に掛かっている時計の音楽だ。
「もう八時ですか……」
窓から見える外は薄暗くなっていた。
そういえば頭蓋さんはどこにいるんだろう。
今朝はいつも通り車で出勤していた。そして私がこのバーにいる間は、麻野さんと新井さんしか行き来していない。
つまりまだ帰ってきていないわけで。
「……あ、ご飯」
「ん?ああ、もう夕飯の支度をするぐらいか。……ではそろそろ失礼するかな」
「あ、はい。」
慌ててカウンターに入り、受け取ったお札を引き出しに入れた。
引き出しの中になにやら得体の知れない(鶏のような気もする)絵が入っていたのは見なかったことにしよう。
