「彼にはいつも世話になっている分、色々とあるからね」
ここまで会話してみて、なかなかに話しやすいのがわかる。バーにこんな穏和な人が来ているとは驚きだ。
「桐島ちゃん、アナタ今変なこと考えなかった?バーを馬鹿にしないでもらいたいわね」
「いえ、変に思ってるのは麻野さんのことだけですから」
「ナーマーイーキー。そう言うけどね、この男だって昔は世話が焼ける大変なヤツだったのよ。こんなに落ち着いてなかったんだから」
気怠げに言う麻野さん。お客さんがいるのにダラダラしていいんだろうか。
それから10分ほど経ち、新井さんのグラスにもう一度が注がれる。もうテーブル拭きも終盤に差し掛かっていた。
と、カウンターで変わらずダラダラしていた麻野さんは、突然とんでもないことを口にした。
「ねぇ、アタシ今から寝たいんだけどだめ?」
「……は?」
一瞬テーブルを拭く手が止まってしまった。信じられなくて麻野さんを見る。新井さんは動じない様子で一杯。
「意味もなくこんなにダラダラしてるわけないじゃない。今日は具合が悪いのよ。……せっかくバイトいるし、ねえ?」
「いや、でも今お客さんがいるし」
「お願い桐島ちゃん、30分だけココ任せるわ!」
「は?え、ちょ……」
「ヨロシク!!」
カウンターから抜け出し素早く階段を上る麻野さん。いやあなた本当に具合悪いんですか?
最初はそう疑っていたけれど、階段を上る音がやけにゆっくりで、不規則に乱れているからそこそこ調子が悪いんだろう。
