麻野さんがグラスを洗っている間、私は外の看板の電気を点けたりカウンターを拭いたりと雑用を任されていた。
……先ほどは珍しく烏龍茶を出してくれたと思っていたら、後から料金を請求された。おい。
「……アラ、いらっしゃい」
「どうも」
7時を過ぎてゆっくりしていた頃、扉が開いてベルが鳴る。お客さんだ。
グレーのスーツを着て眼鏡を掛けた真面目そうなおじさんだった。いかにも男性といった体格で、私の想像する社長の雰囲気に似ている。
「今日は何を飲むワケ?」
麻野さんが気軽に声をかけているあたり、常連さんなんだろう。横目でチラチラと見ながら奥のテーブルを拭く。
と、柔らかそうな声が届いた。
「疲れが取れそうなやつ。甘いのがいい。……ところで、そこのお嬢さんはバイトか?まさか男?」
「相変わらず酸味が苦手なのね。あの子はバイト。女ヨ」
クスクスと笑って答えるのに男はそうか、と頷く。私はといえばとりあえず流れに乗って微笑しておいた。
「はじめまして、ここには結構来ているんだ。新井という」
「……桐島です。よろしくお願いします」
「こんなバーでバイトとは君もなかなか大変だな」
「わかっていただけますか」
