インフルエンザと診断された俺は、熱で浮かされた頭で夢心地だった。

何せ、好ましく思っている秋川さんが俺の部屋にいて、甲斐甲斐しく世話をしてくれているのだ。

インフルエンザが移るから、と辞退したのだが、マスクを付けたからと言う。

お粥を食べさせ(自分で食べたが)、薬を飲ませ、ベッドに押し込まれる。

夢うつつに手渡されたシャツに着替えたり、スポーツドリンクを飲んだりして意識がはっきりした頃には朝になっていて、体が楽になっていた。


見渡すと、秋川さんはいなかった。

どこまでが夢だったのかわからず、ぼうっと考える。

全てが俺の妄想だったら痛い奴だが、傍らにスポーツドリンクが置いてあったので、やはり現実だったようだ。


とりあえず喉を潤し、トイレへと立ち上がる。

フラフラする。
随分と消耗したようだ。

シャワーを浴びたかったが、まだ無理そうだ。

仕方なくベッドに戻ろうとすると、玄関のドアが開いて、秋川さんが入ってきた。


「あ、おはようございます。
勝手に鍵を借りちゃってご免なさい。
具合、どうですか?」

マスクを付けてはいるが、彼女の好ましい声は変わらない。

「大丈夫です!」

何が大丈夫なんだと自分で思ったが、頭が真っ白になってしまった。

「これ食べて水分補給して、ゆっくり寝ててくださいね。
薬は昨日の一回だけで大丈夫らしいですから。
熱が辛かったら、解熱剤は使えるみたいですけど、ちょっと失礼しますね。

ん、この位なら我慢した方が良いと思いますよ。」


彼女の手が又、俺のおでこと首の後ろにあてがわれる。

俺の胸に寄り添うようにして、顔を上に向け、俺の目を覗き込む。

まるで、恋人がキスをねだるかの様な格好だ。

勿論、彼女は純粋に俺の体調を心配してくれただけで、キスをねだってなどいないのだが。

キチンとマスクも付けたままだ。


「じゃ、私、仕事に行って来ますね。お昼に又来ますけど、鍵、借りてても良いですか?」

「は、はい!」

そう返事するのが精一杯だった。


彼女がいなくなった後、指示されたように渡されたお粥とゼリーを食べ、スポーツドリンクを持ってベッドに潜り込む。

目を瞑ると、彼女の触れた首筋が火照り、マスクの下の唇を想像してしまった。

ああ、俺はもう、彼女に首ったけなのだと病気ではない熱を持て余していた。