ブーブー、寝室から聞こえてくる、彼の携帯の着信の音。音を消しているのか、バイブ音だけが耳に響いてくる。

「直人~!携帯鳴ってるよ~?」
 お仕事終わりに、会社の飲み会に行っていた彼。

時計の針が10時を回った頃合いに

「やべー、ふらふらする。」
 そう言って帰ってきたと思ったら、彼はそのままベッドに倒れていった。

お酒のにおいがぷ~んと漂ってくるぐらいに、飲むなんて珍しい。

私と同棲をはじめて、しばらくは私を気遣って彼は飲み会を断っていた。しかし後輩の玄野くんの面倒を見だしてから、断り切れなくなったようで、帰りが遅くなることは少なくなかった。

それでも、この日もそんな一日の一つに過ぎないと、私は思っていたのだけれど―――。


「直人?」
 反応がない彼をもう一度呼んだ。見ていたテレビの電源を落とす。

「ん―――。」
  寝室からかすかに聞こえきた、ねぼけた声。

ブーブーと電話はなり続ける。

「直人電話いいのー?」
 今度は返事なし。

……もう。何してんだか。
重たい腰をあげ、私は寝室をのぞいた。

案の定、彼はスーツのままで、ベッドに大の字でうつぶせに横たわっている。
すーす聞こえる彼の寝息。

寝ちゃったのか…。

ブーブー
静かな彼と一転して、電話はせわしく音を立てる。

ランプのすぐ横に置いてある携帯は、振動のせいで隅の方においやられてしまい、あともう少しで落ちてしまいそうだった。

咄嗟に手をのばしたのだけれど、タッチの差で、携帯は呆気なく床にバタンと音をたてた。

「やっちゃった―――。」
 顔をこちらに向けた彼の様子を、おそるおそるうかがう。

彼の寝息がピタッと止まって、

また始まる。

「セーフ……。」
 一息ついて、携帯を拾うと同時に、音は止まった。

私の呼吸も。


止まった。


見てしまったのだ。
一瞬、画面に表示された

玄野 桜

その名前を。


「玄野、玄野って……。」
 私は携帯を元あったように置くと、そのままぱたんと寝室のドアを閉めた。