「やばい、すごい緊張してる…。」
「大丈夫、父さんも母さんも特に何も言わないと思うから。」
「……うん。」
週末にもかかわらずスーツに身を包み、せんべいが入った紙袋を手土産に持っている彼。
朝から彼は口を開くたびに、「緊張」という言葉を発していた。おまけに既にお昼を回っているというのに、この日はまだお得意の彼の冗談を聞いていない。
私たちは今日、同棲することを伝えるために私の実家に訪れていた。
私自身どちらでもよかったのだけれど、彼は私がそのことを相談する前に挨拶に行きたいと言ってくれた。素直にうれしいのだけれど、緊張で強張っている彼の表情を見ると複雑な気持ちにもなる。
「直人、無理しなくていいからね。」
私は彼の背中をさすった。
「大丈夫!」
そう言いながらも彼が浮かべた表情は、到底笑みと呼ぶには遠すぎるほどのぎこちないものだった。
「私がなるべくフォローするから。」
「ありがとう。」
まだ落ち着かない様子の彼。
大丈夫かな…。
彼の様子に心配になりながらも、電車から降りた私たちは駅から15分ぐらい歩いて私の実家に向かった。
「意外に近いね。」
事前に結構歩くからねと注意していたのだけど、緊張している彼にはいらぬ心配だった様子、今の彼には徒歩15分が5分に感じたみたい。
周りは田んぼだらけの私の実家。
和風なつくりの玄関の前で、直人は気持ちを整える。
「倫子、俺変なところない?髪型とか。」
ふわふわの髪の毛。今日は前髪に残っているパーマの跡以外、寝癖は一つもついていない。
いつもは後ろの襟足が、はねていたりするのだけれど。