同棲1日目。
彼と正式に私の家で住むことになった。

あの、彼が帰ってきた日から―――。

「さっき温めておいたから、座ってて。すぐ持っていく。」
 彼はキッチンに立つと、カレーが入った鍋をくるくるとかき混ぜ始めた。

「ありがとう。
箸はここにあったの使うの?」

「うん、倫子のところで使ってた箸の方がきれいだから。

でも、今日はカレーだから、スプーンだけどね。」
 ばかだなぁという口調で彼は笑った。

「うるさい。」
 彼の笑いにつられてしまう。
私は鞄を置こうと寝室に入った。

「あ、倫子。
荷物しまうところ分からなくて、とりあえずそっちに置かせてもらってるよ。」
 彼の言葉通りクローゼットの前に、彼の荷物と思わしき段ボールが3個ほど積んであった。

「うん。」
 寝室から彼に返事して、明かりもつけないまま、かばんを隅に置くと私は段ボールの一つに触れた。詰め詰めに入っているのか、もこっりと盛り上がっていた。

現実なんだなぁ、これ。
私、直人と同棲するんだ。

今でもまだ彼が家にいることが信じられない。
夢じゃないかって思ってしまう。

それでもこの段ボールが、カレーのにおいが、キッチンから聞こえてくるカチャカチャという食器の音が、現実だって私に教えてくれる。

まさか私が同棲することになるなんて。
いつかは誰かと住むようになるのかなとか考えてたけど、いざするとなると……。

「倫子?」
 カレーをテーブルに置くついでに、様子を見に来た彼が寝室をのぞいた。両手に持っているお皿に盛られたカレーの湯気が、彼の顔の前にぷわ~んと揺れる。

「なんでもないよ。
うわあ、カレーおいしそうだね!」
 彼はカタンカタンと音を立てながら、テーブルに置いた。

私もそこに座る。彼はスプーンを取りにいってから、隣に座った。


「じゃあ、いただきます。」

「いただきます。」
 手をあわせて、私は彼に軽くお辞儀した。福神漬け入りの、サラサラでもなくドロドロでもなく、中間のとろみのカレー。

スプーンにごはんとルーを盛って、私は口に運んだ。

「ん~!おいしい。
直人のカレー本当おいしい。」
  顔がほころんでいく。

「よかった。」
  彼が私の頭をまた撫でた。

触れ合える距離。手を伸ばせば届く距離。何か聞けば、何か答えが返ってくる。
特別なことなんていらない、単純なこと。
私が一番したかったことが、今、私たちできているんだ―――。