ドキドキ。
ドキドキ。
私の心臓の音、誰にも聞かれていない?
ドキドキ。
ドキドキ。
馬鹿みたいになっているこの音。
落ち着こう、そう思ってもとまらないこの音。
せっかく30分早く切り上げてきたのに、そう思いながらも、この胸の高まりをおさめるためにはしょうがないかと、結局いつもより時間をかけて会社から帰っていた。
家に着いた。
鞄から鍵を取り出して、カギ穴に差し込む。
毎日していること。でも今日はそんな単純作業でさえ、特別に思える。
ガチャ
「ただいま~。」
言ってすぐに、リビングのドアの向こう、明かりがついた部屋から音がした。
「おかえり。」
靴を脱ぎながら、帰宅した自分に何度も何度もそう返してきた私なのだけれど、今日は自分に返事しない。
「おかえり倫子。ご飯作ったよ。」
彼がこうして、返事してくれると分かっていたから。
「ありがとう、ただいま。」
私は靴を下駄箱にしまい終わると、彼に抱き着いた。
彼の甘いにおいと、今日の晩御飯のにおいがした。
「お風呂が先でもいいけど。」
彼がくしゃっと私の頭を撫でた。
「ううん、このにおいはカレーでしょ?早く食べたいな。」
抱きしめられたまま、彼の顔を見あげた。
「分かった。
あ、別にごはんの前に、俺でもいいよ?」
「ばか。」
帰宅して早々しかも玄関で、傍から見れば何してんだって話なんだけど、でも楽しくて仕方がないの。
ただいま、おかえり。
ただそれだけのことなのにね。