「倫子~。」
 彼のねだる声が寝室から聞こえてくる。お構いなしに私はお味噌汁を作り始めた。

でもそのうち、彼の声がぴたっと止まる。

「直人?」
 私は彼の様子が気になって、彼の様子を確認したくてたまらない。そうしている内に、すっかり思考が彼に奪われてしまって、

「あ。」
 おわんを床に落としてしまう。

カランカラン。

「やっちゃった。」
 料理台の端のほうまで転がってしまった。

私はお玉を鍋に置いて、それを拾う。
座って、かがんで、また立ち上がって。

ふわっ。
立ち上がった瞬間だった。

後ろから馴染みのある香りがした。
私が大好きなかおり。
お味噌汁とは……別の―――。

そのまま香りは、私を抱きしめた。

「おっちょこちょいだなあ。」

「うるさいー。」
 いつの間に近づいていたのだろう。こういう悪戯慣れしてるところに、時々心底びっくりさせられてしまう。

「今、料理中だからテーブルに座ってて、直人。」

「んー」と、彼はから返事するのみだった。
無理やりにでも腕をとろうと思ったのだけれど、

「あ、お味噌汁。
倫子のおいしくて、すごい好きだよ。」
 吐息まで耳に触れてくるような、彼の甘い言葉に、私はとらわれて、

「……ありがとう。」
 なんて言って、まわされた彼の腕につい触れてしまった。

「離れてほしんじゃなかったの?」
 彼が私を見こして、くすくすと笑う。

「本当意地悪なんだから。」
 私は右肩に乗っけている彼の頭を軽く叩いた。 

みそ汁のいい匂いがぷーんと香る。ねぎいっぱいの、出汁の効いた。

「幸せだね。」
 自然と出た言葉に、

「本当、幸せ。」
 そう彼は返事をすると、顔を回り込ませた―――。