ポチン。部屋の明かりを消した。

ピンポーン

『今、大丈夫?』
 真っ暗な部屋に携帯の画面が光り、音が響く。

うんと送る代わりに、私から電話をかけた。


1コール、2コール。

ガチャと音を立てて、電話がつながる。

「お疲れー。」
 何日かぶりの彼の声だった。

彼が移動してから、毎日メッセージをやり取りするのは欠かさないでいる。電話は毎日…とはいかないけれど、お互い余裕がある日は、どちらからともなくかけていた。

「お疲れさま。」
 電話越しに響く、彼のかたんとメガネを置く音。ふーと一息ついた声が聞こえた感じ、彼はついさっきまでお仕事をしていたみたいだ。

「どう?そっちは慣れた?」

「うん、慣れてきた。
でも新しい会社の人とかの名前を覚えるのが大変。人数が多くて。」
 やれやれといった口調の彼。

「直人は名前覚えるの苦手なんだっけ。」
 彼らしくてくすくす笑ってしまう。

「倫子の名前はすぐ覚えれたけどね。」 

「嘘だー!
だって初めて挨拶したとき、すごい私の名前に執着してたよ?」

「え、そんなことないよ!」

「はじめまして、井川倫子です。
っていったら、え、どういう漢字ですか?って言われて、直人の手帳に名前書かされたの覚えてるよ?私。」

「いやーまぁ一目ぼれみたいなものだったからね。
見惚れて、名前若干聞き逃しちゃってさ…。

打ち合わせの回数決まってたし、印象付けなきゃって思って…ね。」
 苦笑する彼に恥ずかしくなって、

「ばか。」
 当然私がそういう時、私がどうしてそういうか彼は知っているわけで。

「照れちゃって。」
 なんて、今日もからかわれる私だった。



 彼との電話を切って、目をつむって。
彼と初めて会った時のことを思い出す。

うちの会社との合同で企画を初めて、直人と一緒に少しの間仕事をすることになって、最初は変な人だなぁって思ったっけ、私。

そんな彼と今付き合ってるんだもんなぁ、ちょっと笑いがこぼれそうになりながら、

「おやすみ」
 遠くのあなたへそう告げた。