ばかって言う君が好き。


 30分前だというのに、既に席は埋まりつつあった。

ぽつぽつと開いていた、前から4列目の端っこに私たちは座った。階段状になっていた席のおかげで、前のペンギンが入っている大きな水槽をここからでも確認することができる。

「可愛いね。」
 微笑む私。

「倫子の方が可愛い。」
 そうからかうあなた。

「ばか」
 そういう私。笑うあなた。

はぐれる心配もないのに、つながったままの手。

そのうち始まったペンギンショーも楽しくて楽しくて。一緒に笑いあううち、私はこのときばかりは何もかも忘れていた。

ショーも終盤に差し掛かった。

「ではここで、本日来場してくださった
お客様に少しショーのお手伝いをしていただきたいと思います!」
 客席から拍手があがる。

「どんな人があたるかなー」
 なんて私と直人は話していた。

「では、そこのカップルさん!」
 そういって指さされたのは私達―――、

ではなく
少し先に座っていた若いカップルだった。水槽の前へ進む彼ら。

「可愛いね。」
 微笑む彼にうなずきながら、私はカップルという単語を聞いて、その時思い出した。

そして、嫌な予感がしていた。

もし彼らがそうだったら…。
どきどきと心臓が脈うつ音が聞こえた。

「では、お名前をお願いします。」

「圭太です。」
「紗香です。」
 緊張気味の声で、差し出されたマイクに答える。

「本日は、デートですか?」
 はっきりとした口調で尋ねる女の飼育員さん。

「はい。」
 男の子は彼女の顔をちらっと見た。

「いいですね~!」
 飼育員さんの声に拍手があがる。

このまま終わって……!
でもこういうときの悪い予感というのは、なぜか当たるもので。

男の子は、おずおずと言葉を発した。

「えっと……俺たち遠距離でして、半年ぶりのデートで。」

ほらね…。
つないでいた手が離れた。私が離した。

「倫子……」
 彼はまた手を強く握ってきた。

それでも私は握り返さなかった。