「ほら、おいで。」と言われ、むーと思いながらも私は体を起こして抱き着いた。
「……抱きしめたら許すと思ってるんでしょ?」
「違うの?」
少しの沈黙。
「違わないけど。」
頬をぶすっと膨らませて私はつぶやいた。
「ならいいね。」
ぎゅっと腕に力を込めた彼のぬくもりに、私は甘えるように目を閉じた。
「明日…だね。」
ここのところずっと頭の中でカウントダウンしていた。その日付が決まってからというもの。
「うん。」
「緊張するね、なんだか。」
少しの間をあけ、彼が恐る恐るつぶやいた。
「…まだ間に合うけど、本当に大丈夫?」
「どういうこと?」
閉じていた目を私は開ける。
「んー、ちょっとでも迷いがあるなら、俺はいくらでも待つって話。
倫子なら俺とじゃなくても、もっと素敵な人に出会えるだろうし。」
「ばか。」
玄野さんに相談をずっとしていたのも、そういう気持ちがあったからなのかな。
私に遠慮してくれてたのかな、自信がもてなかったのかな。
「直人こそ、私じゃなくてもいっぱいいると思うし、嫌ならいやって言って。」
「俺は倫子だけです。」
「私も同じ気持ちです。直人だけです。」
私はぎゅっと腕に力をこめた。
「よかった。」
この調子だと、申請する直前にも「大丈夫?」って聞かれそうだな。私は彼のやさしさに微笑んだ。
ふいに、甘い音が耳に伝わってきた。
「キスしてくれちゃってー、次は何のご機嫌とりなの?」
耳に口づけを落とした彼の表情を見つめた。
「カレー食べたいなあ。倫子のごはん食べたいなあ。」
にこにこと悪戯に笑って彼は答えた。
「しょうがないなぁ。特製カレーだからね、福神漬けもあるし!」
「やったー!」と喜ぶ直人。
にこっと笑って、キッチンに向かった私。
その背に、直人はぼそっとつぶやく。
「何か言った?」
振り返った私に、彼は首を振ったけど、
ごめんね、直人。
聞こえてないふりは嘘だよ。
「愛してるって聞こえちゃった。」


