帰宅して30分。通知はまだ0件。
小さな彼への抵抗、携帯にあっかんべー。

彼からの着信音。
すごいタイミングにびくっとしてしまう。

「も、もしもし?お疲れさま。」
 少しうわずってしまった私の声。

「お疲れさま。」
 電話からかすかに聞こえてきた車の音。
まだ彼は家に帰っていない様だった。


「直人どうしたの?」

「あ、いや。あのさ、今何してる?」

「ごはん食べ終わったとこだよ。」
 いつもの何気ない電話だと嬉しい気持ち半分、会えはしないのだとがっかり半分……。

そんな気持ちが彼に伝わってしまわぬように。

「何食べたの?」
 彼がずずっと鼻をすする。

「んー、もやし炒めとサラダ。」

「昨日の残り?」
 彼がくすっと笑う。

「うるさいなぁ。…でも図星です。」
 笑いあう私たち。

「直人は何してるの?」

「んーご飯食べてー。
会社から帰ってるとき星がきれいだったからさ、もう一回みようと思って、今散歩してるんだよねー。

倫子もちょっと空見てみ?すっげー綺麗なんだよ。」
 彼の時折鼻水をすする音が気になりつつ、窓をすっと、網戸もすっと…

とはいかず、窓の桟にでも汚れが溜まっているのかがきーっと音が立つ。

草履をはいて、ベランダ。
空を見上げると、彼の言った通り綺麗な星空。少しだけ欠けたお月さまも空に浮かんでいた。

「ほんとだ!綺麗~!」


「「だろ?」」 
 電話の彼の声、それともう一つ…


「……え!?」
 下から聞こえた声。
見下ろすといつもの道に彼。

「埋め合わせに来ました。」
 彼が携帯を切って、私に直接声をかける。 
びっくりして、びっくりして
でもすっごく嬉しくて……

「ばか。」
 私は笑いながら、何度も何度もばかと繰り返す。
黙って笑いながら聞いてくれる彼。

「ごはん食べ終わったとこならちょうどよかったね。」
 笑顔の彼。

「…直人、遅いのです。」
 すねた口調の私。

「ん?」

「ダイエットしてたのに直人に会わないと思って、さっきゼリーを食べてしまいました。」
 彼がハハっと声をあげて笑う。

「でぶだあ。」
 笑いながらのいつもの言葉が、やっぱりうれしくて、嬉しくて。

いつものベランダからの風景が、全く違ったものに見えたのだった。