温かい風が頬に触れ、目の前に淡い桃色の花びらがちらちらと落ちる。

「もう、春なんだね…。」
 満開の桜の木の下で私はぽつりとつぶやいた。

川沿いに面したここは、ここいらのご家族には定番の場所らしい、ずっと連なる木の下までにぎわう人でいっぱいだった。

私達と同じようにシートを敷いて食事をとっている人や、ガハガハと無礼講にお酒を楽しんでいる人、川辺近くのはけたところでボール遊びをしている子供たちもいる。

混雑を予想して、いい場所を取ろうと早めに来たはずなのに

既に来た時には満員で、辛うじて確保できた枝の先っぽの方の下に水色のシートを敷きながらお花見を楽しんでいた。

サケと梅干と昆布と水菜のおむすび、卵焼き、本当に簡単なお弁当しか準備しなかった私だけど、

中には大きな重箱を持参して食事をとっている人もいて、私ももっとしっかりしたものを作ればよかったとすぐに思った。


「仕事帰り、よく遠回りしてここ通ってたんだ。
日曜はこんな人多いなんて知らなかったけど。」
 そよぐ風に彼の髪が揺れる。

彼が教えてくれたこの場所。

彼、いや私たちの家から近かったから私は知らなかったのだけれど、彼の様子から見るに、ずいぶん前からここの常連さんみたい。

「直人一人で?」

「うん。」

「……誰かとじゃないの?」

「ばか。」
  少しむっとした彼に、私は冗談だよって笑った。

「でも早く教えてくれたら、一緒にお花見毎年楽しめたのに。」

「本当だね。なんで早く言わなかったんだろ…。」

「まあ春頃は、私たち結構喧嘩とか話し合いが多いからね。」
 苦笑した私に、「あー。」と彼も懐かしんで笑った。

「今直人とお花見一緒にできてるのが、幸せなことに思えるなあ。」

「本当……。
1年前は、別れてたもんな。まあいちかばちかで駅で待ってたけど。

もっと早く素直に全部打ち明けられてたら、去年もお花見できたかもなのに。」
  彼はおにぎりを1つ手に取った。