「倫子は、直人君と結婚しないの?
もう話出てもおかしくなくない?」

「うーん……。まあそのうちね。直人子供っぽいから。」

「何それ?」 
 笑う姉。

今できる精一杯のごまかしだった。結婚なんて話に出るわけがない。
だって彼はもしかすると―――

「男の子か女の子分かったら、すぐ教えてね。」
 まわった思考を止めさせたくて、先に声にしたのは私だった。

「もちろん。直人君今日何してるの?」

「昨日の夜から実家帰ってる、お正月に戻らなかったから、明日まで実家いるみたい。」

「そっか…。あ、倫子同棲してたって、バレンタインとかはちゃんと作りなよー。
そういうのでなあなあになってくんだから。」

「はーい。」
 本気で言ってるのか冗談で言ってるのかよく分からない口調に、私は我慢できなくて思わず笑った。

お姉ちゃんには、「本気で言ってるのよ!」そう少し怒られてしまったけれど。


 電話を切って、すっかりほったらかしにしてしまっていたコーヒーの粉末が入ったコップの存在を思い出す。

もうすっかり温かくなった部屋に、それは必要ないやと私はラップをかけて隅の方においやった。

冷蔵庫を開けて、中に入っている物を確認する。
昨日の残り物、いつもの調味料、昨日までだったお肉、いつからあるか分からない林檎、
昨日買ったばかりのバター、チョコレート。

お姉ちゃんに言われなくたって、私は用意をしていた。ラッピングまでご丁寧に買ってしまっていた。

今年のバレンタインは月曜日。
なんでよりにもよってこのタイミングで。

“彼女”の立場からしたら、明日作って、会社に持っていくんだろう。
そして、彼に渡すのかもしれない。

もうすっかり彼のとりこになってしまっている私が、ふらふら踊る“彼女”に勝てるはずがないじゃない。

私は林檎をそのままかじった。
つーんとすっぱい味がした。