「倫子、お待たせ。」
 すると、頭上から私を呼ぶ声がそこで聞こえてきた。

「直人……。」
 顔を上げると―――彼。
私は見返していた携帯の画面を閉じて、それを机にふせる。

「会いたかった。
あ、すみません、コーヒー一つ。」
 そばを通った店員さんがかしこまりましたと、頭を軽く下げた。

椅子を引き、浅く腰掛ける。
いつもの黒ぶちめがね、前髪だけちょっとくせっけで、ふわふわの髪。光に当たると茶色ぎみ。

落ち着いた雰囲気なのに、笑うと一気に表情は幼くなる。

1ヶ月前とは違って、すっかり衣替えした彼。
秋仕様の薄手の白いセーター、黒のパンツ。まだ見たことがない私服。

なんでかな、そんななんてことない一部分に少し距離を感じてしまう。


「服、似合ってる。買ったの?」

「うん、倫子と久しぶりのデートだしね。」

「ありがとう、かっこいいよ。」
 そう素直に言えばいいことなのに

「そっか。」
 ただ素っ気ない言葉を返すだけ。
コーヒーを一口飲んで私は誤魔化す。

1か月ぶりの恥ずかしさが邪魔をした。
私をもっとかわいくなくさせた。


「倫子?」

「ん?」
 コーヒーをかたんと置いて目をあわせる。
彼はにやっと笑って、私が見えるように足を机の下からのぞかせた。

「服は新しいですが、今日も相変わらずのスニーカーなのです。」
 彼のいつものおどけた口調。


「ばか。」
 彼と微笑みあう。

もう3年以上履いているというスニーカー。
もう新しいの買ったら?というのだけれど、「まだ使う。」と言い張る彼。

おかしいかな?
その履きならしたスニーカーで、彼なのだと私は安心してしまう。


「お待たせいたしました。ごゆっくりお過ごしください。」
 店員さんがコーヒーを机にかたんとおいて、私達は、会えなかった間にあったことを報告しあい始めた。

LINEを一週間とらないこともあった。電話も一度もできていなかった。

表情を、
声を、
動作を、

一つ一つを確かめ合う。