「っ!?…」
ノックの音が聞こえた。
この間と同じ、扉を叩く音。
視線が扉に集中する。
鼓動が早くなり、呼吸が荒くなっていく。
喉の奥に何かが突っかかっていくのがわかった。
ベッドからふらふらと立ち上がり、扉に近づく。
震える声を唇から漏らす。
「俊太…?……俊太なの…?」
無音が続く数秒後、
「そうだよ、絵理。」
「っ…!」
とっさにドアノブに手をかける。
が、
「開けるな!!!」
叫び声が響いた。
それはとても悲しそうに、悔しそうに聞こえた。
「…どうして開けちゃいけないの…?」
「……もう…これが最後なんだ。扉を開けたら、また俺は消えなくちゃいけない。」
「…っ………。」
死人は生きている人と顔を合わせて話してはいけないということなのだろうか。
だがそんなことは絵理の頭の中で、右から左に流されて行ってしまった。
扉を挟んだ向こう側には、俊太が居る事実。
その事だけが何よりも大きく絵理の心に血を巡らせる。
震える手で扉に触れる。
詰まりそうになる声を必死に絞り出す。
「……俊太、俊太…会いたかった…。」
必死で涙をこらえる。
「……俺もだよ。
…寂しい思いさせて、ごめんな。」
優しい声に、耐えられなくなって嗚咽が漏れ、涙がこぼれる。
「俺、交通事故なんかで死んじゃって、馬鹿だよな。本当に…。」
「……本当だよ……なんで…なんで死んでんのよ…馬鹿。」
「うん…。ごめん、ごめんな。」
「あれから…私がどれだけ……。」
「…うん…分かってるよ……。」
俊太を責める言葉しか出てこない。
変わることのないであろう未来を恨むことしか出来ない。
…俊太はいつでも私の事を見ていてくれたのに、今じゃもう、顔すら見ることが出来ない。
扉に手をつけたまま座り込む。
「…どうして……。」
「………」
想いを伝えたところで俊太にはもう、一生会えない。
「…絵理。」
「……?」
静かな声が、扉の向こうから絵理の名を呼ぶ。
「…好きだったよ。」
「…っ……。」
顔を上げる。
「誰よりも…何よりも大好きだった。」
「……俊…太…。」
抱え込んだ想いを、言葉にしていく俊太。
絵理は涙で濡れた目で、扉を見つめる。
今もまだ見えない彼を探していた。
俊太の声も、震えていた。
「俺ずっと言えなくて…こんなことになっちゃって。もう、遅いんだろうけど。」
「………」
言葉が出てこない。
口をパクパクとさせ、何かを言おうとするが、亡き人を思い続ける勇気が足りなかった。
「もう死んじゃったけど…俺はずっと傍にいるよ、だから、だからもう俺の事は……」
「………」
俊太は扉の向こうで、最後の1言を言えなくなってしまう。
数秒間時が止まったように、世界は静かになった。
それは絵理の言葉を世界が待っているようにも思えた。
そして、時は動いた。
「俺の事は…もう忘れてくれ。」

