白田さんの言っていることが分からないからじゃない。


俺の前に立つ彼女が、もう他の誰でもなく、俺の事を真っ直ぐと見詰めていたからだ。



あの、黒崎の背中を見ていた時と同じ顔で。



「松田君が…あんなことを言うからっ…」



どこかで、蝉がジジッという音を立てて飛び立つ。


相変わらず湿り気を帯びた暑さに、額から頬を伝って流れる汗が地面へと落ちていくのが分かった。



「初めて好きになった人に、初めての失恋をしたのよ?もっと感傷的にもなってみたかったわ!」


彼女は、眉根を寄せて口を尖らせる。


「なのにっ…それなのに、浮かぶのはあなたのことばかり。あなたのことばかり考えて、フラれても悲しむどころじゃなかった。

それどころか…」


白田さんは、そう言って口を紡ぐと頬を紅潮させて困ったように視線を泳がせる。


「それどころか、ずっとドキドキ胸が煩くて…」



あぁ…俺は…


夢でも見ているのかな?


今、彼女の心は確かに俺に向かっている。


他の誰かじゃなくて、


俺のことを考えて、こんな顔をしているんだ。




ザワッと感じたことのない感情が流れてくる。


夏の暑さとは別に身体が火照って、彼女に触れたくて落ちつかない。